三重の滝紀行ブログ

※滝見日記・日々の雑感など
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不動滝とは何か(4)
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    修験道の隆盛と衰退
    奈良時代に発生した修験道は、その後庶民の間に浸透し、隆盛を極めることになる。
    江戸時代に入ると、少々状況に変化が現れた。
    幕府が租税収入を安定させるべく、漂泊民達に定住生活を強いたのである。
    漂泊民とは、雑木をロクロで削って味噌汁椀や盆などを作る、木地師と呼ばれる職人や、東北地方の猟師であるマタギ、そして山中を渡り歩いて修行する修験者などが含まれる。
    これにより、修験者たちは無住であった寺や神社に住職や別当として入り、里に落ち着くこととなった。
    そして彼らは、祈祷や呪術などを通じて、里人へ神仏の信仰を広めていったのである。
    その中でも特に人々に受け入れられたのが、不動尊信仰富士山信仰である。
    彼らはかつて行っていたように、人里近くの山や滝で修行を行い、また、信者を募ってと呼ばれる宗教集団を組織した。
    お山参りなら富士講、お滝参りなら不動講という具合である。
    不動滝が人里から比較的近いことが多いのは、このように江戸幕府の政策で里に定住させられた修験者が、比較的住居から近いところを修行の場に選んだ為であろう。
    これは富士講の信仰の対象である、浅間山に関しても同様である。
    明治に入ると、修験者達を悲劇が襲った。
    明治元年、政府は神仏分離令を出し、神仏混淆の宗教修験道を実質的に禁止したのである。
    追い討ちをかけるように明治五年には修験道廃止令が出され、修験道は壊滅的な打撃を受けた。
    その結果、各地の不動滝で修行する修験者もほとんどいなくなってしまったのだが、不動滝信仰は庶民の間に民間信仰として、今日まで根強く残ることになったのである。
    | 滝信仰 | 18:31 | comments(0) | trackbacks(1) | - | - | ↑PAGE TOP
    不動滝とは何か(3)
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      不動滝と修験道
      不動滝という滝名は確かに多いが、実は日本の滝名で最も多いのは大滝であり、不動滝は二番目であるという。
      大滝は全国に満遍なく多い名前であるが、不動滝は地域偏在型であり、多い地域では確かに多いものの、少ない地域ではほとんど見られないようである。
      これは不動滝と関わりの深い、修験道と関係があるように思われる。
      修験道の聖地は石川県の白山や静岡県の富士山など、各地に点在しているが、その周辺には不動滝が多数あり、逆に北海道や沖縄など、修験道の関わりの薄い地域では不動滝はほとんど無いのである。
      これは不動滝信仰が修験者(行者、山伏とも言う)達によって広められたためであると思われる。

      不動滝と三重
      三重は、全国でも不動滝の多い地域である。
      これは、三重が奈良県の吉野大峰、また和歌山県の熊野三山と言った修験道の聖地に近いからであろう。
      三重の中でも、不動滝は奈良や和歌山に近い南部に集中しており、北部に行くに従って少なくなっていく。
      このことも、不動滝信仰と修験道との関わりを示すものであると言えるだろう。
      | 滝信仰 | 17:57 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
      不動滝とは何か(2)
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        修験道
        修験道とは、山や滝で厳しい修行を行い、法力を身につけて民衆を救うことを目的とする宗教である。
        神道と仏教を混淆させた宗教であり、また道教やそれから派生した陰陽道なども取り込んでいる。
        不動滝に鳥居が奉納されていることが良くあるが、不動明王という仏を祭りながら神道の鳥居を置いているのは、修験道が神仏混淆の宗教だからである。
        修験道の開祖は奈良時代に生まれた役の小角(えんのおづの。役の行者とも呼ばれる。)であるとされる。
        役の小角は神道の家系に生まれたが、親戚に僧がおり、神仏両方を学んだとされる。

        修験道の本尊
        修験道の本尊は、当初蔵王権現という憤怒相の仏であるとされた。
        激しい修行を行う修験道に、慈悲の仏である釈尊や弥勒菩薩は似つかわしくないと考えられていたからである。
        その後密教が遣唐使により伝えられると、修験道は積極的にこれを取り込んだ。
        密教は山岳仏教とも呼ばれ、山を修行の場とする修験道とは相性が良かったからである。
        そして修験者達は、密教の仏の中では蔵王権現に最もお姿の似た、同じく憤怒相である不動明王を本尊として崇めるようになったのである。
        不動滝があったら、かつてはここで修験者が滝に打たれる修行を行っていたと考えて、ほぼ間違いは無いだろう。
        | 滝信仰 | 05:22 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP
        不動滝とは何か(1)
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          不動滝とは何か
          三重の滝を巡っていて、気付くのは「不動滝」の多さである。
          滝好きの方なら、各地の滝をめぐって、「この滝も『不動滝』なのか」と思った人も多いだろう。
          実際不動滝の数は多く、現在331を数える三重の滝リストの中では69滝、実に2割が不動と名の付く滝である。
          一体不動滝とは何であろうか。

          不動明王、不動尊
          不動滝とは、一口に言ってしまえば不動明王という仏様を祭った滝のことである。(写真)
          不動尊
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          | 滝信仰 | 18:31 | comments(0) | trackbacks(0) | - | - | ↑PAGE TOP